ADHD子供の頃の呼び名

名は形を表す』と言います。

 

 

それって、あだ名とか、ふとした呼び名とかも入るのではないでしょうか。

 

見た目がもちもちしていたら、「もっち」って呼んでもらえそうですよね。

 

 

ADHDと自分も親も誰も知らなかった子供時代。

 

基本は名前を呼びやすくしたものなのですが。

 

たまに別の呼び名が入ります。

 

『女番長』

 

『凶暴女』

 

『ジャイアン』

 

。。。

 

まぁ、この三つの呼び名だけでどんな小学生だったかわかりますよね。

 

さて、中学に入ってから。

 

上の呼び名で呼ばれるこ事が無くなりました。

 

 

きっかけは、小学6年生の時に、同じ学年で一番大きい子と廊下でタイマン勝負をしたのです。

 

当時私は背が前から数えた方が早ほどの超おチビ。

 

相手は小学生なのに担任の先生より大きい。

 

確実に子供料金で電車に乗れないタイプです。

 

相手とは頭二つ分ほど違っていたはずです。

 

結構な激しい戦いだったと気がします。

 

最終的に保健室に二人とも連行され、話し合いをさせられ、親も出てきました。

 

そこで、『もう、暴れるのは、やめようかな』と悟りました。

 

 

そこから私は、むやみにスライディングキックで無抵抗な人に攻撃したり、

 

怒って椅子や机を投げたりする事をしなくなりました。

 

『衝動性』が強いんですよね。

 

『衝動性』自体は残っていますが、喧嘩はやめようと、『学習』しました。

 

 

 

なので、中学に入ってからは

 

『女番長』『凶暴女』『ジャイアン』

 

この呼び名で呼ばれる事はありませんでした。

 

同じ小学校だった子からは私がむやみに暴れなくなったので驚いていました。

 

 

中学に入ってからは、たまに呼ばれる呼び名は、

 

『人間ミシン』『美術5』

 

芸術科目がすごく飛び抜けて得意だったのです。

 

良いところが、ちゃんと目立つようになりました。

 

先生にもよく『真面目だから』と言われるように。

 

ただ、『おっちょこちょい』とも言われ続けます。

 

ADHDの『不注意』ですね。

 

 

『不注意優勢』の『多動』の少ない ADHDなのです。

 

診断が出たのは大人になってからですが。

 

診断が出てからは、自分の『取り扱い説明書』ができたようで、

 

前よりは『どうしたらいいか』が考えやすくなりました。

 

また、困った症状、『不注意』や『あれやったら、これ忘れる』は、

 

心の状態で幅が変わることを実感しました。

 

 

ココロを安定させて、ゼロにはならないけど、落ち着いて自分をコントロール。

 

そんな事をこのブログでお知らせしようかなと思います。

 

興味を持った方は他のブログも見てみてくださいね^^

 

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